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ブルクミュラー『25の練習曲』の弾き方教え方~第20番《タランテラ》

ブルクミュラークリニック ダイジェスト

ブルクミュラークリニック ダイジェスト

ブルクミュラーの大人気ピアノ作品『25の練習曲』から1曲ずつ取り上げ、曲の作り、取り組み方、練習法などをお話ししていく「ブルクミュラークリニック(略してブルクリ)」。月刊誌『ムジカノーヴァ』から引き継いで、この『ムジカノーヴァONLINE』でも続けていきます。今回は第20番《タランテラ》です。ここでは大事なポイントをかいつまんで、ダイジェスト版としてお届けします。第25番まで行き着いたら、「処方箋」などもまとめて隅々までご紹介します。

ブルクミュラークリニック院長 奈良井巳城(ならい みき)

文 奈良井巳城
イラスト 駿高泰子


速く弾く前に、楽譜をしっかり見る!

奈良井 みなさん、こんにちは。本日は、これまでとは少し趣向を変えて、ブルクミュラークリニックの診察室の実際を、読者の皆様にもご覧いただきたいと思います。 本日の患者さんは……。

とにかく速く弾きたい!――速久弾代さんのケース

総合部 研修生 速久 弾代(はやく ひくよ)

奈良井 では、問診を見てみましょう。
「とにかく速い曲が大好きです。速い曲は、速ければ速いほどカッコいい!が信念。練習を始めると、いつの間にか指定したテンポより速くなってしまうのが悩みなんだけど、どうやったらさらに速く弾けるようになれるのかも、気になって仕方がない」
速くなってしまうのが悩みなのに、さらに速く弾きたくなるとは……かなり重症っぽいな。では、お呼びしましょう。速久弾代さ~ん、お入りください。

弾代 先生、先生っ! 《タランテラ》、もっと速く弾けるようになりたいんですっ!

奈良井 こんにちは……。《タランテラ》を速く弾く前に、まず、お名前を教えてください。

弾代 あっ、速久弾代ですっ!

奈良井 ……はやく、ひくよ、さん、ね。

弾代 はい! もう、速く弾きたくてたまりませんっ!

奈良井 もう診断がつきそうですが、念のため、少し弾いてみてもらえますか?

弾代 はい! ではっ、速く弾きます!

奈良井 あ、いや、まだ速く、じゃなくて……。

 ♪タリラタリラタリラタリラタリラタリラ……(爆速で)

奈良井 はいはい、もう結構です!

弾代 先生っ、どうですかっっ?

奈良井 速かったねぇ~。

弾代 やった!!

奈良井 褒めてません……。

弾代 えっ?

奈良井 《タランテラ》は確かに速い曲です。ただね、速いことと、急いで弾くことは違うので、認識を正していきましょうかね。

弾代 ええっ! でもせんせいっ、速く弾けるなら、もっと速く弾いたほうがカッコ良いじゃないですかっ!

奈良井 う~ん、爆速依存症か……。

弾代 そんなっ!

奈良井 では、弾代さん、腕重御脱蔵うでおもみだつぞう先生直伝の『7 つの心得』に沿って、診ていきましょう。

【心得 其の一:使用する楽譜に注意すべし】

奈良井 弾代さん、楽譜は何版を使っていますか?

弾代 え? 楽譜ってどれでも同じじゃないんですか?

奈良井 その考えは少し危険です。版によって、運指や強弱、アーティキュレーションなど、校訂者によって加えられた情報があって、作曲家の意図とは異なることが書いてある場合がありますので。特に《タランテラ》のような急速な曲では、運指ひとつで弾きやすさや音楽のまとまりが大きく変わることもあります。

弾代 ということは、速く弾くには指づかいがたくさん書いてある楽譜がいいですねっ!

奈良井 えっと、弾代さん、ちょっと落ち着いて。楽譜に書いてあることが、作曲者に由来する情報なのか、校訂者の提案なのか。そして、自分の手や音楽的な意図に合っているのかを考えることが大事なので、作曲家と校訂者の意図が分かりやすく表記している版を選ぶようにしましょう。

【心得 其の二:拍子、調性、楽語を調べるべし】

弾代 この曲はニ短調! 6拍子っ、そして私の好きなAllegro! さらに vivo!! ほらっ、すごく速く!!ってことじゃないですか~。presto も負けちゃうかも~。

奈良井 違います。Allegro vivo を、「ものすごく速く」と考えないで。そもそもAllegro には速いという意味はないので。イタリアでタクシーに乗って、急いでほしいときに「Allegro でお願い」と頼んだら、運転手さんはとても陽気にしてくれた、という話は有名です。そしてvivoは生き生きとした活気や躍動を感じる単語です。6/8拍子は1小節を6つの細かな拍として刻むのではなく、3拍のエネルギーを感じた大きな2拍としてリズムを作ります。

弾代 「タリラタリラ」を、大きく2拍子にとらえて「タリラ・タリラ」?

奈良井 そう。指先は細かく動いていても、拍まで細かくしないでね。

弾代 速く弾くのに、拍はゆったり?

奈良井 ゆったりというか、音符は速く、拍は大きくステップ感を出していきましょう。

【心得 其の三:タイトルの意味を考えるべし】

奈良井 ところで、弾代さん、タランテラとは何ですか?

弾代 速く弾く曲っ!!

奈良井 頭の中に「速く」って単語しかないんですか……。「タランテラ」は、南イタリアに伝わる急速な舞曲です。毒蜘蛛タランチュラに噛まれた人が、激しく踊ることで毒を追い出したという言い伝えが有名です。

弾代 だから、激しく荒れ狂ったように速くっ!で、間違ってないじゃないですかっ!!

奈良井 「踊る」が抜けています。

弾代 あっ……。

奈良井 もぅ~、ずっと速く速くばっかりで。タランテラは、速さを競うための曲ではありません。テンポが速くても、そこには踊りのステップやリズム感、身振りがあるので、フレーズにふさわしい動きを作らないと。

【心得 其の四:フレージングとデュナーミクを読み取るべし】

弾代 先生っ! でもこの曲、f から始まるので、もう元気よく、ど~んとガッツリ弾きたいですっ!

奈良井 まぁ、気持ちは分かるけど、曲想は踊りだから生き生きするのであって、力任せに強いのとは違います。f を「がっつり強く」ととらえないこと。急速で力強い音型が続いていても、音楽には拍とリズムとフレーズを意識して、どこへ向かうのか、どこで緊張が高まり、どこで解放されるのか。強弱記号も、その瞬間の音量だけで捉えず、フレーズ全体のエネルギーの方向として読むことが大切です。

弾代 fって書いてあっても、全部同じ強さじゃないっ?

奈良井 もちろんそうです。同じfの中にも、推進力を持つ力強さがあったり、深く沈み込む重さがあったりするでしょう。

弾代 でも先生っ、速くなると、そんなこと考えている暇が……。

奈良井 だからっ! 考えられなくなるほど速くしないこと!!

【心得 其の五:アーティキュレーションの真意を考えるべし】

弾代 先生っ、ここのsf、得意です。思い切って、振りかぶって、「え~い、ドン!!」ってやると快感です! スッキリしますっ!

奈良井 ……もぅ、そんなに踏みしめたら踊っている人の足が折れちゃうよ。

弾代 え、先生ってそんなに重いですか?

奈良井 私が重い、とか、そういう話じゃなくて! sfは“重く叩け”という記号ではありません! ずっと言ってるように、踊りなんだから、一瞬の鋭いステップをつくったら、すぐに本来の軽い動きへ戻る。sfのたびに身体が沈み込んだらタランテラのリズム感が出なくなっちゃうからね。

弾代 強いけれど、重くしない……。

奈良井 そう。さらにニ長調の中間部では、スタッカートや装飾音も出てくるでしょう?

弾代 急に雰囲気が変わりますっ!

奈良井 アーティキュレーションは、単なる“音の長さ”ではなくて、音楽の性格を物語るものと考えていこう。

【心得 其の六:指づかいの意味を考えるべし】

弾代 これは得意です! 指番号どおり、指をものすごく速く動かしています!

奈良井 1音ずつ指を速く動かそうとすると、音型のまとまりが悪くなります。この曲では、踊りのステップを表現するよね、そのステップの動きに合わせて指づかいが書かれているので、手首や腕の小さな動きも利用しながら、表情をつけていこう。

3を音型のはじめに使ってリズム感を出す

弾代 指づかいだけでも、動きの表現につながってるんですね。

奈良井 そうです。指づかいは、フレーズや音楽表現の設計図にもなり得るので。

【心得 其の七 曲想の違いと抑揚を考えるべし】

奈良井 最後に、曲全体を見て、場面の変化を感じ取って抑揚を考えていこうか。ニ短調の主部に中間部のニ長調は、性格が正反対な調性なので、音の軽さや重さ、動きの違いを出したいよね。

弾代 中間部は明るくて好きなので、駆け抜けたくなりますっ!

奈良井 またそんなこと言って。中間部のデュナーミクは終始pでしょ。leggiero のフレーズもあるし、装飾やアーティキュレーションもたくさん付いてるでしょ! 駆け抜けるんじゃなくて、よりステップ感を出して、音の長さを工夫していきましょう。

弾代 軽やかに弾んだり、ステップが少しすり足のようになったりするんですねっ!

     鍵盤をはじくように打鍵
 テヌートをつけてすり足のように

奈良井 そうそう、でもメロディだけでなく、左の伴奏型にも注目。同じ付点4分音符でも、長さや重さを変化させることで、メロディのキャラクターを強調できるからね。同じ音型や音符でも、曲全体の中で、どのような意味があるかを考えてみよう。
さて、次回は第21番《天使たちの合唱》です。お楽しみに!


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 曲集の魅力を紐解く
 第8番《優雅な人》
 第9番《狩》
 第10番《やさしい花》
 第11番《せきれい》
 第12番《お別れ》
 第13番《なぐさめ》
 第14番《スティリエンヌ》
 第15番《バラード》
 第16番《ちょっぴり不満》
 第17番《おしゃべり娘》
 第18番《心配》
 第19番《アヴェ・マリア》

『ムジカノーヴァ』2025年10月号の特別付録はポスター「ブルクミュラー『25の練習曲』に登場する楽語たち」。ぜひお役立てください!

クラシック音楽への招待 子どものための50のとびら
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