
ブルクミュラーの大人気ピアノ作品『25の練習曲』から1曲ずつ取り上げ、曲の作り、取り組み方、練習法などをお話ししていく「ブルクミュラークリニック(略してブルクリ)」。月刊誌『ムジカノーヴァ』から引き継いで、この『ムジカノーヴァONLINE』でも続けていきます。今回は第19番《アヴェ・マリア》です。ここでは大事なポイントをかいつまんで、ダイジェスト版としてお届けします。第25番まで行き着いたら、「処方箋」などもまとめて隅々までご紹介します。

文 奈良井巳城
イラスト 駿高泰子
希望、誠実さ、愛などを表すイ長調
奈良井 皆さんこんにちは。今日はなめらかな音に精通した滑奏子先生をお招きして第19 番《アヴェ・マリア》を解説していきます。

奈良井 いつものように全体を見ながら7つの心得に沿ってお話ししていきましょう。滑先生よろしくお願いします。

【心得 其の一:使用する楽譜に注意すべし】
滑 院長先生、こんにちは。お久しぶりですね。今日の《アヴェ・マリア》、私の大好きな曲です。

滑 あ、楽譜について、お話ししなきゃだわっ! 楽譜はね、版によってスラーや強弱記号、指づかいなどが異なる場合がありますでしょ? 特に今日の《アヴェ・マリア》のような曲は、些細なことで音楽の流れが変わってしまいますから、信頼できる楽譜を慎重に探してみてくださいね。
奈良井 そうですね。信頼のポイントは、「作曲家の意図(指示)」と「校訂者の助言」がはっきりと区別して書かれている(読み取れる)ものが良いと思います。
【心得 其の二:拍子、調性、楽語を調べるべし】
滑 調性はA-dur(イ長調)。希望や誠実さ、愛、などの印象がある調よ。そして4分の3拍子! ワルツのように踊る3拍子ではなく、ゆったりと祈るように、三位一体(キリスト教の父と子と精霊)を意識しながら拍を感じ取っていきましょう。楽語についてはムジカノーヴァ2025年10月号の付録で詳しく解説してありますから、バックナンバーを手に入れてみてくださいね。
奈良井 「アヴェ・マリア」とは祈りの言葉ですからねぇ~、優しく、柔らかいニュアンスで仕上げたいですね。
【心得 其の三:タイトルの意味を考えるべし】
滑 「アヴェ・マリア」は、キリスト教における祈りの言葉。ですから、弾くときに、“美しく弾こう”“息長く歌おう”と思うよりも、“祈りの言葉”を届けるように音作りをするのが大切ですよ。
奈良井 「祈り」と言えば、静かな呼吸の中で、自分の心の奥から自然な言葉で語りかけるような感じですね。まずはお祈りをする空気感から感じとりたいところです。
フレーズの作り方
【心得 其の四:フレージングとデュナーミクを読み取るべし】
奈良井 あ、それでね、滑先生、祈りで思い出したんですけど、先週お話ししていたものを探しに、きょうかいに行ったんですよ。
滑 あら、きょうかいに行かれたんですね。
奈良井 ん?、いや、きょう、かいに行ったんです。
滑 ええ、ですから、教会にはお祈りをしにいらしたの?
奈良井 違う違う、教会、じゃなくて、今日、買い物に行ったんです(笑)。
滑 あらやだ、お買い物の話ね。「きょうかいにいった」ってややこしい言葉ですこと……。あら、これって、この曲の冒頭のフレーズと同じですわね。
奈良井 ええ、まさに、この曲の冒頭の2小節に当てはまる話。「今日、買いに」か「教会に」の違いですね。
滑 言葉をどこで区切るかで、意味合いがまったく変わってしまうという良い例ですわ。この曲の初めの2小節の音に「ア・ヴェ・マ・リ・ア」と言葉をつけてみます。

滑 2小節目の3拍目からを次のフレーズにすると、「アヴェマリア」が「アヴェマリ・ア」というように途切れてしまいますね。
奈良井 スラーの始まりや終わりは、文章で言うところの句読点ということですね。
滑 ええ。さっきの会話のように、フレーズの意味を取り違えないように注意しましょう! そして、もう一つ注意してほしいことがあってね。強弱記号を見てください。この曲、fが一つも出てこないのです。曲のテーマが「お祈り」なので、pの世界だけで描かれていることを感じてみましょう。
祈りが天に届くような演奏
【心得 其の五:アーティキュレーションの真意を考えるべし】
滑 この曲ではスラーを大切にしたいですわ。スラーは単に滑らかに弾く記号ではなく、“この音たちは一つのまとまりを持った言葉ですよ”という作曲家からのメッセージですから。ただ、この曲では意外にも長いスラーがあまり書いてないので、リズムを読み取って、自分でスラーを書き込んでみてくださいね。指だけでつなごうとするよりも、“まだ歌は続いている”という気持ちを持ってタッチ作りをしていきましょう。
【心得 其の六:指づかいの意味を考えるべし】
奈良井 この曲は色々な指づかいで弾けてしまうけれど、ちゃんと考えないとレガートで歌うことが難しくなりますよね。
滑 ええ。そのとおり。特に練習初期の段階では、まずは楽譜に書かれた指づかいを信頼していただきたいですわ。多くの場合、音を自然につなぐための工夫が含まれていますので。
【心得 其の七 曲想の違いと抑揚を考えるべし】
奈良井 さて、この曲ですが、つい感情たっぷりに弾く生徒も多いですが、religiosoな(宗教的な、敬虔な)気持ちが大切ですよね。
滑 はい、この曲は「感情的に訴える曲」というより、「祈りを捧げる曲」ですので。松葉マークは意外にたくさん書いてありますけど、大きく揺らしたり、急に盛り上げたり下げたりするよりも、一つの呼吸が静かに続いていくことを意識してみてくださいね。
右手の上の音は祈りの言葉。そして左手は、その祈りを後ろから支える合唱隊のような存在に。どちらか一方が目立つのではなく、お互いを支えながら進んでいくことで、祈りが天に届きますよ。
奈良井 さて、話がまとまったところで、読者の皆様も、今日、買いに行く、のではなく、教会に行って、お祈りを捧げにいきましょう! 次回は第20番。「タランテラ」はクラシックではお馴染みの激しい踊りの曲です。お楽しみに!
*関連記事:ブルクミュラー『25の練習曲』の弾き方教え方
曲集の魅力を紐解く
第8番《優雅な人》
第9番《狩》
第10番《やさしい花》
第11番《せきれい》
第12番《お別れ》
第13番《なぐさめ》
第14番《スティリエンヌ》
第15番《バラード》
第16番《ちょっぴり不満》
第17番《おしゃべり娘》
第18番《心配》

『ムジカノーヴァ』2025年10月号の特別付録はポスター「ブルクミュラー『25の練習曲』に登場する楽語たち」。ぜひお役立てください!


