カワイ表参道で公開講座シリーズを展開中
パリ高等音楽院、ベルリン芸術大学、英国王立音楽院など、これまで各地の音楽院で教授を務め、その本質に迫る熱心な指導法が多くの支持者を集めているピアニストのパスカル・ドゥヴァイヨン教授。カワイ表参道では『一度は勉強しておきたいピアノ作品』と銘打った公開講座シリーズを展開中です。その第23回が2026年4月に開催されるのを前に、ドゥヴァイヨン教授と、共に講座に出演する夫人のピアニスト、村田理夏子さんのお二人に、コメントを寄せていただきました。

Q1 「一度は勉強しておきたいピアノ作品」というテーマの講座は、4月24日で23回目の開催となります。このシリーズを始められたのは、どのようなきっかけからでしたか?
ドゥヴァイヨン この講座シリーズには、実に様々な方が参加しています。学生――残念ながら私が期待していたほど多くはありませんでしたが――、そのほか教師の方々、そして音楽愛好家もいらっしゃいます。
当初から私は、このテーマは誰にとっても興味を引くものになるのではないかと考えていました。これまでマスタークラスのレッスンなどで、シューマン《幻想曲》、ベートーヴェンの《ピアノ・ソナタ》作品110といった偉大な傑作を耳にする機会が多くあり、受講者に「今までこの作曲家の他の曲ではどんなものを勉強しましたか?」と尋ねると、その多くが「シューマンは《幻想曲》が初めてです」という答え、あるいは、ベートーヴェンのピアノ・ソナタなら「悲愴」「熱情」「ワルトシュタイン」ぐらいしか勉強したことがなく、作品2のソナタ群を勉強していなかったり、さらにはハイドンのソナタを、ほぼ勉強していなかったり、ということが多かったのです。個人的には、それほど有名ではない曲を知ることで、作曲家が目指した方向性や彼らが伝えようとしたことをよりよく理解するための鍵を見つけられ、それを通して培った豊かでしっかりした教養の基盤を伴ってこそ、上述のような傑作に踏み込むことができると思っています。
こうした出来事を踏まえて、この講座シリーズが生まれました。
Q2 これまで22回開催して、どのような手応えを感じておられますか? 印象に残るエピソードなどがあれば教えてください。
ドゥヴァイヨン エピソードというほどではないですが、興味深いものとして、コロナの大流行になる前までは、講座の最後に、毎回質疑応答という形で聴講者の方々と交流する機会を設けていました。こうして、私も聴講者の皆さんの関心事をより深く理解することができました。コロナ禍以降は、個々の接触が増えることで全員の健康リスクが高まるので、残念なことにこの習慣を続けることができなくなりましたが、この講座シリーズを通じて私は、皆さんが個々の関心事を見つけ出し、それぞれの課題や悩みに対する具体的な解決策を見つけられるように模索し続けています。
村田 彼のレクチャーの特徴は、各回冒頭に前置きのような形で、作曲家の人物像や時代背景、当時の様子などを話し、それからその日のテーマとなっている曲のお話に入ります。ところが、この前置きこそが実はすべてのキーワードになっているのではないかというぐらい毎回興味深く、非常に濃い内容で私自身も引き込まれています。以前、上述の「質疑応答」のコーナーで、このような質問がありました。
「先生のレクチャーを聴かせていただくと、知識や教養が大変深く、そこから生まれているものだと感じます。私たちもそういったものを深めなければいけないと思いますが、どのようなことから取りかかると良いとお考えでしょうか?」
……少し考えた後、彼はこう答えました。
「まず何よりも教養とは 『つけなければいけないもの』であるべきではないと思います。興味を持つことが大切です。皆さんが知りたいと感じ、興味を持つものから手をつけていくのが良いのではないでしょうか」。
私自身が考えさせられる言葉で、ハッとしました。

Q3 4月24日の第23回ではメンデルスゾーンを取り上げます。どのような意図で、この作曲家と楽曲(《幻想曲》と『無言歌集』の《信頼》《デュエット》)を選ばれたでしょうか?
ドゥヴァイヨン 若手演奏家にとって、メンデルスゾーンの重要性が薄れつつあるのは残念だと感じています。当時はベートーヴェンの後継者と目され、ピアニスト・オルガニストとしてのキャリアは目を見張るものがある一方で、作曲家として多岐にわたる作品も生み出しました。『無言歌集』を勉強することは、テクニック的にそう厄介でないからこそ、音色の模索やフレーズ作りなどを学ぶ大きな役割を果たします。《幻想曲》は、彼の音楽観が興味深く融合した作品です。彼は古典派でありながら、ロマン主義の芽生えも持ち合わせていました。しっかりした構成のなかに、堅苦しさなく統一感を生み出しています。講座ではベートーヴェンの有名な《ピアノ・ソナタ「月光」》と比較することをご提案する予定です。学生のレパートリーにもっと頻繁に登場しないのはもったいないことです。
Q4 次回以降の展開については、どのような構想がありますか?
ドゥヴァイヨン 4月の講座で発表しますが、実は新たなシリーズを始めることにしました。ベートーヴェンのピアノ・ソナタ全曲です。すでに多くの方々がなさっていることを承知の上で、非常に野心的なチャレンジとなります。
とはいえ、すでにこの分野で素晴らしい業績を上げられた音楽学者の皆様に挑むつもりはありません。1990年にコンサートで32曲のソナタ全曲を演奏させていただけたことは幸運でしたが、その際に直面した難しさも鮮明に覚えています。この全曲解説シリーズでは、演奏家、そして教育者という立場から、私なりの「実用的で欠かせない勉強」を示したいと思っています。もちろんある程度守らなければならない基本はあるとはいえ、音楽には「絶対的真実」はないのだということも忘れずに……。
村田 私が留学していたドイツでは、技術的に難関な作品よりも、バロックや古典派が極めて重視されていたのが印象的でした。ある意味クラシック音楽の原点であり、誰もが避けて通れないのはもちろん、これらを理解しているかどうかで芸術家としての本質を見極められるほど、重要かつ難しいものです。
普段穏やかなパスカルは、実はベートーヴェン音楽に接すると体中の血が騒ぐほど奮い立ち、人が変わるほどの熱が湧いてくる姿が印象的です。彼が一番尊敬し、情熱を燃やしている作曲家の一人と言っても間違いありません。そんな彼がソナタ全曲を取り上げる壮大な企画は、私も今から楽しみです。
Q5 お二人はデュオの演奏活動も盛んで、今年はデュオ結成20周年だそうですね。5月17日には大阪のザ・フェニックスホールでリサイタルが予定されています。プログラムにはどのような趣旨がこめられているでしょうか?
村田 原点に立ち返ることの大切さをパスカルと話すことがあります。音楽も然り。楽しみとして知人と集まって演奏したり、交流したり、素晴らしい芸術空間を共有したり……音楽は喜びを分かち合う、そんな贈り物でもあります。数年前から始動している地元のNAGAREYAMA国際室内楽音楽祭もその一環で、素晴らしい仲間やお客様と芸術を分かちあい、人と人が交流するひとときを目指しています。
5月の大阪公演では、まさにそういった喜びをお客様と共有したいというのが第一の思いです。プログラムはバラエティに富んでいて、どれも心が喜ぶこと間違いなし。バーンスタイン《ウエスト・サイド・ストーリー》で青春に立ち返るのもよし。ドビュッシー《牧神の午後への前奏曲》でまったりと移り行く午後の光に浸るもよし。インファンテ《アンダルシア舞曲》のスペイン気質、ガーシュウィン《ラプソディ・イン・ブルー》のジャズ風味もあり。一人ひとりが自分の楽しみ方をしていただける午後をお送りしたいと願っています。
ドゥヴァイヨン 久しぶりとなる今回の大阪公演では、懐かしい方、初めてお会いするお客様、それぞれに私たちのデュオを心から楽しんでいただけるよう、生命感あふれるプログラミングをお届けしたいと思いました。そこでインファンテやバーンスタインの「ダンス」、ガーシュインの「リズム」を選曲しました。そして「色彩」こそ命ですから、ごく自然とドビュッシーがこのプログラムを彩る存在として加わりました。今回はいわゆる「クラシック」というより、むしろお祭りのようなプログラム。みなさん一緒に楽しみましょう!
【公開講座】
パスカル・ドゥヴァイヨン教授の『一度は勉強しておきたいピアノ作品』
~新・ 作曲家別に見る演奏学習法 公開講座シリーズ ~
第23回《メンデルスゾーン Vol.2》
日時:2026年4月24日(金) 10:30~12:30(開場 10:00)
会場:カワイ表参道 コンサートサロン「パウゼ」
曲目:メンデルスゾーン《幻想曲》Op.28/『無言歌集 第1巻』より《信頼》Op.19-4/『無言歌集 第3巻』より《デュエット》Op.38-6
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【演奏会】
パスカル・ドゥヴァイヨン&村田理夏子 ピアノデュオリサイタル
日時:2026年5月17日(日) 14:00開演(開場 13:30)
会場:ザ・フェニックスホール
曲目:インファンテ《アンダルシア舞曲》/バーンスタイン(ムスク編曲)《ウエスト・サイド・ストーリー》より〈シンフォニック・ダンス〉/ドビュッシー《牧神の午後への前奏曲》/ガーシュウィン《ラプソディ・イン・ブルー》
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【書籍】
パスカル・ドゥヴァイヨン著、村田理夏子訳による書籍も好評発売中。
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