
2026年4月30日に99歳で逝去されたシーモア・バーンスタインさんは、50歳までピアニストとして活躍した後、ピアノ指導に人生を捧げ、「NYで最も人気のあるピアノ教師」として慕われた指導者です。
シーモアさんと交流があり、書籍『人生をより美しく シーモアさんとの対話―音楽、友情、家族、そして創造』の翻訳者である小野山弘子さんに、シーモアさんはどのような人物だったのか、教えていただきました。
*本記事は、『ムジカノーヴァ』2020年6月号の再掲です。
文―小野山弘子
シーモア・バーンスタインをひとことで表すならば、『人生をより美しく』の冒頭(歓迎のことば)で共著者アンドリュー・ハーヴェイが書いている、この言葉に尽きるだろう。「翡翠のようだ。硬く不滅である。だが柔らかく輝いてもいる」。
「畏敬に満ち溢れている」ものの「すぐに親しみを感じる」というシーモアの人柄や、敬服するばかりの「その真髄において不滅」な「精神の広がり」、確固たる信念をもって真摯に音楽を愛する彼の姿は、ドキュメンタリー映画「シーモアさんと、大人のための人生入門」(イーサン・ホーク監督)を通じて世界中の人々に共感と感銘を与えている。シーモアはピアニストとして全米やヨーロッパで活躍し、30代では2度にわたり米国国務省使節として日本の30数都市で公演、全米有数のオーケストラとも共演した。だが50才の時、その輝かしいキャリアを突然断ち、ピアノを学ぶ後輩たちに心を尽くして教えることと作曲・執筆などの創作に専念する道を選んだ。
人に出会うとその人になってしまう……というほど人の心に寄り添い、人を思いやるシーモア。その人間性は会う人をたちまち虜にする。生徒から「どうして先生は僕の問題点が分かるの?」と尋ねられると、シーモアは答える。「それは自分が生徒になるからだよ」。彼は生徒に教えているのではなく、“人間”と対しているのだ。彼は学ぶ段階を、自発性を持つこと、意識すること、コミットすること、そして最後に対象と一体化(統合)することと述べている。音楽は精神的、知的、身体的に世界のすべてを統合して生まれる。さらに、確固たる自信を得るために毎日の練習を充分以上に重ねる地道な努力を継続すれば、やがてその成果は自分の両手で空をタッチできるほどになるだろうとも話している。
生きとし生ける者には「精神の貯水池」があり、そこにみな繋がっている。シーモアは誰もいない時、庭の大きな樹の幹に自分の腕をぐるっと巻いて、自分の脈と樹の脈が出合うのを感じるという。自然を愛し、動物を愛し、何より人間を愛してやまない、今年の4月(注:2020年4月執筆)で93才になったシーモアの言葉は、優しく愛に溢れて、どんな心をも解きほぐす魔法のようだ。 だが、音楽は言葉でも表せないものを伝えることができるとシーモアは言う。訳者もまた、この世に音楽があることに感謝し、祝福する一人である。
シーモア・バーンスタインさんの著書
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