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仲道郁代のベートーヴェン《ピアノ・ソナタ》演奏論~第32番~

「仲道郁代の私的ベートーヴェン演奏論」より

「仲道郁代の私的ベートーヴェン演奏論」より

2026年のリサイタル「音楽の哲学」に向けて行われた記者懇親会にて

デビュー40周年とベートーヴェン没後200周年が重なる2027年に向けて、10年にわたる「The Road to 2027リサイタル・シリーズ」を進行中のピアニスト仲道郁代さん。9年目となる2026年の5~6月には、「音楽の哲学」と題したリサイタルでベートーヴェン《ピアノ・ソナタ》の第30番~第32番などを取り上げます。
ここでは、仲道さんが月刊誌『ムジカノーヴァ』で執筆した隔月連載「私的ベートーヴェン演奏論」から、「ピアノ・ソナタ第32番」の回を抜粋でお届けします(2024年9月号・同11月号掲載)。


今回はベートーヴェンの最後のピアノ・ソナタを取り上げます。べートーヴェンはこの曲でピアノ・ソナタを終わりにすると考えていたのかどうか。それをあれこれ語っても事実は分からないのですが、この曲をもって、ベートーヴェンはある境地へ達したのか否か、ということを考えることは、大いにこの曲を紐解く鍵になることでしょう。その境地とはどのようなものなのか。
作品2という番号を持つ《ピアノ・ソナタ 第1番~第3番》の3曲、ひいては、ボン時代の《選帝侯ソナタ》たちから彼の人生と共にあったピアノ・ソナタというジャンル。ピアノ・ソナタの作品を辿ることは、ベートーヴェンの思考を辿ることでもありました。果たしてベートーヴェンは、ピアノ・ソナタというジャンルを書くということの終止符をここで打ったのか? 打とうとしたのか?
その観点から今回は論じてみたいと思います。

最初に、この曲が《第30番》《第31番》のピアノ・ソナタと共に3つのまとまりとして考えられていたということを思い出したいと思います。作品109の《第30番》ではベートーヴェンの愛の物語が、作品110 の《第31番》では最も意味深長なソナタとして、それぞれ極めて彼のパーソナルな思い出から書かれているのではないかと論じました。
不滅の恋人と目されるアントーニエ・ブレンターノの娘、マクシミリアーネに献呈された《第30番》。アントーニエへ献呈すると書き、しかしそれを消し去ったと考えられる《第31番》。
そして《第32番》は、最終的にはベートーヴェンの弟子でありオーストリアの太公であるルドルフ太公に献呈されていますが、最初はアントーニエへ献呈するつもりであったとも言われています。実際、当時各国で出版されたものの中で、ロンドン版のみはアントーニエに献呈されました。
《第29番》作品109にて、ピアノ・ソナタの構成としても、概念としても、巨大さの極みといえる作品を書いたあと、《第30・31・32番》は、彼の個人的な内的な自分史であると言えるでしょう。その内的な自分史を彼自身がどのように昇華していったのか。限りある肉体を持つ人間としての自分と、限りのない世界にある偉大なもの。二つの相対するものを、彼はどう捉えたのか。

1802年のハイリゲンシュタットの遺書以降に書かれた作品、例えば《第21番》作品53の「ワルトシュタイン・ソナタ」あたりから顕著になる人間(彼個人)の、偉大なるもの(神なのか、絶対的なる何かなのか)への問い。その問いを通して、人間たち(それはもはや個人を超えた“我々”)はどうあるべきか、という定義のようなものを見出そうとする道のりこそが作品となっている、その道のりの、結果的には最後のピアノ・ソナタとなっている《第32番》。
このソナタは、のちに書かれる《交響曲 第9番》になぞらえて、「苦悩から歓喜へ」の作品であるとよく語られます。第1楽章が苦悩の様、第2楽章が歓喜の世界なのだと。非常に分かりやすい構図とも捉えることができます。ベートーヴェンはピアノ・ソナタの楽章構成を《第1番》の4楽章形式から始めて、3楽章形式、そして2楽章形式に至っています。
書法の試みの多様さ、巨大化を経ての、2楽章形式という設定。シンプルさを目指したのか?と思いきや、ところがどっこい、かなり複雑な伏線や構想が散りばめられていると私は思います。

(中略)

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