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仲道郁代のベートーヴェン《ピアノ・ソナタ》演奏論~第30番~

「仲道郁代の私的ベートーヴェン演奏論」より

デビュー40周年とベートーヴェン没後200周年が重なる2027年に向けて、10年にわたる「The Road to 2027リサイタル・シリーズ」を進行中のピアニスト仲道郁代さん。9年目となる2026年の5~6月には、「音楽の哲学」と題したリサイタルでベートーヴェンの《ピアノ・ソナタ第30番》から《同第32番》の3曲などを取り上げます。
ここでは、仲道さんが月刊誌『ムジカノーヴァ』で執筆した隔月連載「私的ベートーヴェン演奏論」から、「ピアノ・ソナタ第30番」の回を抜粋してお届けします(2019年11月号掲載)。


この曲は、ベートーヴェンの「最後の3つのソナタ」としてまとめて考えられるソナタの1曲目にあたります。ロマン・ロランは、これらのソナタを「ブレンターノ・ソナタ」と称しました。
第31番のソナタはアントーニエ・ブレンターノヘの献呈を予定していたと言われています。アントーニエは、ベートーヴェンの不滅の恋人と言われている人です。そのアントーニエの娘、ベートーヴェンが「マクセ」という愛称で可愛がっていたマクシミリアーネヘ献呈したのが、この第30番です。この曲にも深い意味がありそうです。

さて、この曲の構成ですが、私は弾いているとアンバランスな感覚を持ちます。まず第1楽章自体、これをソナタ形式と考えてよいのかという疑間が起こるほど、第1テーマが、いわゆるソナタのテーマらしくありません。はっきりとした概念の提示がない。まるで経過句のようであり世俗的な悩みを超越したかのようでもあります。かたや第2テーマは、深い苦しみや慟哭さえ感じさせるレチタティーヴォです。この第1楽章においては、その想念は幻想的に浮かんでは消えるという風情です。
では、この曲の中で、ベートーヴェンが最も伝えたいと思う概念が明確に提示されているのはどこか。それは第3楽章のテーマであると、私は考えます。そして、私には、この第3楽章のテーマと、第1楽章のテーマが呼応しているように思えるのです。比較してみましょう。

第1楽章冒頭は、3度と4度を連ねたテーマです(譜例)。この3度と4度は、第30、31、32番を通して核となる音程です。しかし、解決しないまま次に移ってしまいます。

そして登場するのは、印象的な分散和音と半音階からなる第2テーマです。の急激さ、アーテイキュレーションの複雑さからも、揺れ動く心情を感じます(譜例)。

それでは第3楽章の変奏曲のテーマと、第1楽章の2つのテーマを比べてみましょう(譜例)。

冒頭には「Gesangvoll, mit innigster Empfindung」の指示。つまり、「心からの感動を持ち、十分に歌って」と指示しています。ベートーヴェンがこのテーマをどれだけ大切に思っているのかが伝わるというものです。
最初の2小節のソ#ミシという音が、3度と4度の形をつくり、左手は上行形になっています。第1楽章では、左手は下降形でした。
そして、解決しない第1楽章から比べると、ここではすべてを受け入れた落ち着きが見られます。
14小節目からの部分、ド#シラソ♯ソ♯ラシを第1楽章の第2テーマと比べると、同じアルペッジョ、そして同じ音型です。
しかし、悩みの吐露であった第1楽章に対して、ここでは落ち着いた解決を見せています。第1楽章で示された感情の結末をこのテーマで語っていると考えてもよいのではないでしょうか。


さて、第3楽章のテーマで特筆すべきはもう一点あります。それは、9小節目から12小節目。ここで歌曲集《遥かなる恋人に》のメロディーが使われているのです(譜例)。

「そして愛する心は届く」と歌っています。マクセ――愛する遥かなる恋人の娘に、自分たちの思いを伝えたいと思ったのだとしたら……。なんとロマンティックなことでしょう。


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