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呉暁先生の『うたとピアノの絵本』指導法①

子どもたちにとって身近な題材で、歌いながら弾ける『うたとピアノの絵本』は、まだ楽譜を読めない小さな子も始められるピアノ教本です。「みぎて」「ひだりて」「りょうて」の3巻で構成され、「生徒さんのレベルに合わせて選びやすい」と評判です。
本書を使った指導法について、著者の呉暁先生に解説していただきました。

※この記事は、『ムジカノーヴァ』1989年7月号の再掲です。

文―呉暁


ポイント

・音名より先に歌を教える
・小さな子には《チューリップ》も難しい
・言葉の抑揚と旋律の動きが一致することが大切

「ドレミ」と「みんな」

4歳の今日子ちゃんがソルフェージュを始めたばかりのある日、私は一生懸命彼女にドレミ……を教えていました。
まず、私が「ドレミ」、「ドレミファソ」とうたって、彼女にまねしてうたってもらいます。
それから、「始めの音はド」と教えてあげて、「ドレミ」とピアノで弾くと、彼女はそれを聴いて「ドレミ」とうたってくれました。次に、「これはミよ」といって、「ミファソ」を弾くと、こんどはミファソの音で「みんな」とうたう元気な声がかえってきました。
私は、当然「ミファソ」を期待していたので、一瞬びっくりしました。それから、「なるほど……」と口元がほころんでしまいました。
これは14~15年前のことですが、私に大切なヒントを与えてくれました。
私たちは音楽を教え始めるとき、ドミソやシレソの和音をうたわせたり、ドレミ……という音の名前を教え込もうとしますが、本当は、子供にとっては音の名前なんてどうでも良いことなのです。
それよりも、いちばん始めは歌を教えた方が良いのだということがわかります。

マー君の好きなチューリップ

そこで、レッスンをうたうことから始めようと思って、「幼稚園でどんな歌うたったの?」と子供たちにたずねてみます。すると、「忘れちゃった!」という答えがかえってきたり、「うん、○○のうた!」と元気よく答えてくれたりします。
それが、知らない曲だったり、子供が何をいっているのかわからなかったりすると、「ふうん、ちょっとうたってきかせて!」とたのんでみます。
ところが、子供たちのうたってくれるものは、どんな旋律かさっぱりわからない音の高低の乏しい語りだったり、うたい始めたとたんに歌詞がわからなくなって止まってしまったりすることが多いのです。
彼らは「幼稚園でうたうの大好き!」といっていますが、ただみんなで一緒に大きな声を出しているのがたのしいだけで、本当は旋律や歌詞の内容がわかっているわけではないらしいのです。
とくに4歳児(年中組の子供たち)には、歌詞がこみいっていたり、曲が長かったりするのは不向きで、短くて、旋律が単純なものがふさわしいように思われます。
3歳8ヶ月のマー君は、「どんな歌が好き?」とたずねると、「チューリップ」と答えて元気よくうたってくれました。
ところが、この曲をドレミでうたったり、ピアノで弾いたりしようとすると、「さいた、 さいた」までは良いのですが、「チューリップの花が」という個所で、「ソミレドレミレ」が覚えにくいのです。また、ピアノで弾こうとすると、「ソミ」と跳ぶことと、「レドレミレ」と音が下がったり上がったり、また下がったりする複雑な動きがまだむずかしすぎるのです。
「チューリップ」のようなやさしい曲を選んだつもりでも、始めたばかりの子供たちには、少しむずかしくて長すぎるのだということがわかります。

こんな曲が欲しかった

小さい子供たちが遊んでいるのをみると、短い言葉にふしをつけてうたっていますが、音楽を始めるのに、そうした自然な入り方をするのが良いと思います。
たとえば、ドレミミ……の音で、「りんご、すいか、うさぎ、きりん、すずめ……」とうたってみます。
ミレド……の音で、「みかん、バナナ、レモン、パンダ、たぬき、カラス……」など。
ためしに、ミレドで「すいか」とうたってみせると、生徒は「そんなのおかしーい!」といいます。では、ドレミで「たぬき」とやると、「ヤダー、アッハッハ」と笑います。
お姉さんのレッスンについてくる3歳9ヶ月のマキちゃんは、きかん坊のくせにてれ屋さんで、ある時、お姉さんが終わったあと、私が「マキちゃん、『みんな、あそぼう……』とうたってごらん!」というと、「ヤーダよー」とそっぽをむいたり、一人でピアノをいじったりしていました。私のまねをして指の体操を1つか2つやって、「じゃあ、サヨナラー」といって出て行きました。しばらく出口でおしゃべりしたり、コートを着たりしている様子でしたが、そのうちにマキちゃんが靴をはきながら大きい声で「みんな、あそぼう」をうたっているのがきこえてきました。ハハア、やっぱり覚えて帰ったナ……と私は部屋の中でほくそえんでいました。
それから2回目くらいだったでしょうか。マキちゃんは玄関を入るなり、「わたし、ブーブーブタさん弾けるよ!」と張り切っていうのです。
彼女が興味をもって、覚えたり、弾いたりしてくれるのは、やさしくて、短くて、言葉と旋律の動きが一致しているからだと思われます。
こうして覚えた曲を言葉で何回もうたってから、それをドレミにおきかえたりピアノで弾いてみようとするのが良いのです。
私の生徒たちは、永い間私がかいた大きな楽譜をみて習っていましたが、それがこのたび『うたとピアノの絵本』として出版され、尾崎真吾さんのユーモアあふれるあたたかい絵をみながら弾くことができるようになりました。絵本を手にしたマキさんは大喜びで、どういうわけか『おばけだこわい』が気に入ってしまって、それは、ずっと後の方にあるのに、その絵をみながら、家でうたっているのだそうです。
絵があると、音符も字も読めなくても歌を覚えて一人でこうしてたのしむことができるので、少しぜいたくですが、カラー刷りの絵本にすることができて本当に良かったと思います。
先生方の工夫でいろいろに活かして使っていただければ大変うれしく思います。

うたとピアノの絵本

うたとピアノの絵本シリーズ

歌詩のついた短い旋律をうたったり、ピアノで弾いたりしながら音楽と読譜力と弾くテクニックが身につく音楽絵本。「みぎて」「ひだりて」「りょうて」の3巻構成。さらに、弾きやすく華やかな伴奏が付いた連弾楽譜もある。

※続きは12月15日、22日に公開予定。ムジカノーヴァメールマガジンに無料会員登録していただくと、ご購読いただけます(Fujisan.co.jpでの登録となります)

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