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野平一郎氏の公開講座「バッハ《インヴェンションとシンフォニア》」

2026年9月24日、神奈川県の厚木楽器ビル 2F 友の会ホールにおいて、野平一郎氏の公開講座「バッハ《インヴェンションとシンフォニア》演奏法・指導法 〜創造的教育作品の小宇宙〜」が開催されました。講座の内容をかいつまんでレポートします。


文-日水綾香

この日の講座は、《インヴェンション》の目的、楽曲分析の手ほどき、装飾音の奏法、多声音楽の練習方法という内容で進められました。

《インヴェンションとシンフォニア》は、教育熱心なJ.S.バッハが1723年にまとめた曲集で、息子や弟子たちの教育のために作曲したそうです。「それから300年あまりが経った現在も、ピアノ学習の定番として親しまれていることは感慨深く、素晴らしい作品である証明であろう」と、野平氏は語ります。
この曲集の作品はどれも見開き2ページで書かれており、コンパクトな作りのなかに、バッハの作品のエッセンスが詰め込まれています。バッハは限られた素材を有機的に変容させており、彼の作品はどこを取っても無駄がありません。

例えば、《インヴェンション第1番》を詳細に分析してゆくと、曲全体に渡り、冒頭の主題が様々に展開されていることが分かります。第1小節の右手に提示されたテーマが、同小節の3拍目から左手で模倣されるのは、分かりやすい例でしょう。

第3小節の1拍目裏からの左手には、テーマの頭の4音を引き伸ばした形が現れます。第7小節目からはテーマがト長調で提示されますが、冒頭と比べて左右が入れ替わっており、テーマを形作るモチーフが上下逆さになって現れる箇所も随所に見られます。
このように、数少ない主題を様々な調で登場させたり、音域や対旋律との上下関係を変えたり、反行させたりすることなどによって、印象を様々に変化させていることが分かります。こうして、変化と統一感を同居させているのです。

こうして見てゆくと、この曲集が、2声・3声を演奏することだけでなく、作曲の方法を手ほどきするものだったことも、頷けるでしょう。

装飾音については、《インヴェンション第5番》を例に読み解きました。まず、装飾音の記譜については時代的な移り変わりがあります。もともと即興的だったものが、ある程度バッハの時代に定形化され記号で書かれるようになり、後にはっきりと記譜されるようになるという流れです。バッハの作品においては、記号で書かれたものとは別に、装飾音由来の音型を旋律の中に見つけ出すことができます。例えば《第5番》の冒頭右手「ミ♭‐レ‐ミ♭」はモルデント、3小節目右手3拍目「ソ‐ラ♭‐シ♭‐ラ♭」はターンに由来していると言えるでしょう。

「装飾音は自由でなくてはならないし、演奏家が自発的にやっているように聞こえなくてはならない」と野平氏は言います。もともと記号だったものが記譜されたのだとイメージができると、旋律も表情豊かなものになってくるでしょう。

そして、宮廷や教会がこの時代の実践的な音楽の場であったことも、バッハの作品を解釈するうえで押さえておきたいことの1つです。宮廷の室内オーケストラを想定しているのか、あるいはクラヴサンなのか、教会のオルガンなのか。これらは、バッハをピアノで演奏するときのイマジネーションの源になるかもしれません。

さて、バッハを学ぶということは今も昔もポリフォニーを学ぶことですが、指導者として生徒さんにはどのようにして対位法的感覚を身につけさせられるでしょうか。
野平氏は指導方法の一例として、1声部をピアノで弾き、もう1声部を歌うことを挙げました。難しければ、歌う声部をピアノでフォローしても良いそうです。どちらにしろ、1つ1つの声部がしっかりと頭に入っていること、それぞれの声部を独立したものとして捉えながら調和させてゆくことがポイントです。

野平氏の言葉をひとつも逃すまいと受講者たちが熱心に耳を傾け、会場全体が集中力に満ち、充実した2時間でした。筆者も、バッハの作品の緻密さ・構造の美しさが生み出す音楽的な豊かさを改めて実感しました。

『標準版ピアノ楽譜 バッハ インヴェンションとシンフォニア』(野平一郎 解説・運指、音楽之友社)には、さらに掘り下げた解説が書かれておりますので、手に取ってみてはいかがでしょうか。

講義終了後のサイン会にも熱心な受講者が集まった

クラシック音楽への招待 子どものための50のとびら
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