
ブルクミュラーの大人気ピアノ作品『25の練習曲』から1曲ずつ取り上げ、曲の作り、取り組み方、練習法などをお話ししていく「ブルクミュラークリニック(略してブルクリ)」。月刊誌『ムジカノーヴァ』から引き継いで、この『ムジカノーヴァONLINE』でも続けていきます。今回は第18番《心配》です。ここでは大事なポイントをかいつまんで、ダイジェスト版としてお届けします。第25番まで行き着いたら、「処方箋」などもまとめて隅々までご紹介します。

文 奈良井巳城
イラスト 駿高泰子
旋律が前進できない音楽

腕重御 (クリニックの一室の扉を開けて)おっ、院長!! こんなところにおったのか。さっきまで診察室にも、待合室にも、どこにも見当たらんかったから、心配したぞ。……しかし、なんじゃその有様は!
奈良井 いやぁ、脱蔵先生、ちょっと困りましてねぇ……。探し物が見つからないんですよ~。たしかここに置いたような気がしたんですけど。絶対ここだっ!っていう確信はあるような気がするものの、見つからないんですよ。ん~、さっき楽譜棚を見たときにはなかったし、でも机の上にもないし、カバンの中にもないし……。あっ、待てよ。昨日のレッスン室か?……いや、ホールかなぁ~。違うなぁ~。ホールに行ったときにはすでになかったような……。やっぱりこの部屋かな……って、ずーっと頭の中が同じところをグルグルしてましてね。探して、戻って、また探して。で、結局また同じ場所に戻ってきちゃって……。あ~もう、あれがないと困るんですよねぇ~。
腕重御 ほっほっ。今日取り上げる曲の《心配》にピッタリじゃないか。あたふた感があるしの、見つからなくて落ち着かない感じじゃしの。まさに、頭の中で次々に考えが飛び回り、同じ場所を行ったり来たりする。心ここにあらず、心配ごとの真っ只中じゃな(笑)。
ではでは、いつもの7つの心得に沿って曲全体を見てみようかの。

【心得 其の一:使用楽譜】
奈良井 あ、すみません、今日は第18番の《心配》でしたね。ほんとに、今の私の心境そのまんまですよ。ひとまず「心得一」の使用楽譜については、これまでのブルクリでも紹介してますので、省略して先へ進みましょう。
【心得 其の二:拍子・調性・楽語】
腕重御 少し焦った様子の2/4拍子でAllegro agitato(動揺した、激しくせきたてられた)、今の院長にぴったりじゃのぉ~。探し物が見つからなくて、心が曇った様子のe-mollじゃ。
奈良井 も~やめてくださいよ~。
【心得 其の三:タイトルの意味】
奈良井 まぁ、でもこの《心配》というタイトルですが、心配ごとでふさぎこんでいるというより、少し落ち着かない感じですよねぇ~。
腕重御 当たり前じゃ。本当に心配している人はな、じーっと固まってはおらんじゃろ。むしろ落ち着きがなくなって、何かを探しるかのようにウロウロとうろたえるもんじゃて。同じことを何度も考えるし、院長のように思いは堂々巡りするしの。この曲ではな、この「思考の空回り」がうまいこと書かれておるからの、見てみようじゃないか。

奈良井 注目は、短いスケール音型と刺繍音型ですね。1小節目では、スケールが3音で止まることで、思考の広がらない感じが表れています。2小節目では、メロディーの動きがチョロチョロ、ソワソワ、ウロウロと動き回る(さまよう音型)。中心音(基音=2小節目の場合はシ)に対して、“上に行って戻る” “下に行って戻る”。この動きこそが “気持ちが落ち着かず、同じことを何度も考えてしまっている状態なんですねぇ~。いわゆる、“旋律が前進できない音楽ですよね。
腕重御 そうじゃ。『あれ、鍵閉めたかな?』『いや閉めたはずじゃ』『でも待てよ……もう一度確認してみるか』みたいにな、思考も行動も行ったり来たりするんじゃ。短いスケール音型もな、3音で途切れてるじゃろ? 進もうと思っても、「はっ! 待てよっ!」って思いが引き戻されるかのように感じて作るんじゃ。
【心得 其の四:フレージングとデュナーミク】
腕重御 そうやって、この曲のフレージングは“小さなため息”のように考えるとうまくいくんじゃ。
奈良井 ああ、そうですね。長いスラーもまったくありませんし、短く、途切れ途切れの“不安な音型” が次々現れる感じですね。
腕重御 そうじゃ。“あっ!”“えっ?”“ん?”みたいな感覚じゃ。だからの、デュナーミクも細かく感じるんじゃ。フレーズ全部を使って雄大にクレッシェンドしてしまうと、堂々と演説している人みたいになってしまうからの。デクレッシェンドもな、ほっと安心するのではなく、しぼんでいく独り言みたいにするとうまくいくからの。曲全体をドラマティックではなく、“ナーバスティック”にするんじゃ。
奈良井 “ナーバスティック”って造語、悪くないですね。
音楽の中に人間らしい右往左往が出せたら成功
【心得 其の五:アーティキュレーションの真意】


