作曲家の世界観からペダリングを考えよう
文ー松本和将
ピアノ教室で、生徒がどの曲も同じように弾いているように感じる……その原因は、演奏にバロック・古典派・ロマン派・近現代の4期の様式感が伴っていないことにあるかもしれません。では、具体的にどの点を、どのように改善していったらよいでしょうか?
ムック『ジュニアのピアノコンクール 課題曲にチャレンジ!』では、各地でコンクール審査員や公開レッスンの講師も務めるピアニスト、松本和将先生が、作品の時代ごとにペダリングを解説しています。そのなかから、ここではバロック・古典派のペダリングについての記事を紹介します。
いいペダリングに近づくために一番大切なこと
最近ペダルについての講座の依頼を受けることが多くなり、全国各地でペダル講座を行っています。やり方だけを説明する“ノウハウ講座”ではなくて、この講座ではまずは演奏を聴いてもらって「ペダルでこんなにいろんな響きが出せるんだ」というのを体感してもらうことを目的としています。そして具体的に何をどうやったらできるのかを最後に説明するのです。それを文章で説明するということなので、ことペダルに関する話だけにとても難しいところですが、僕の思うペダリングを少しでも伝えられればと思います。
まずは皆さんに考えていただきたい。ペダルに関して一番大切なことは何なのか。どこで踏んで、どこで離すかをあらゆる曲で調べることでしょうか。そのためにあらゆるペダル関係のセミナーに足を運び、演奏家の動画で少しでも足の映っているところを探す、と。それとも、足の動きをミリ単位でコントロールできるように訓練を重ねることでしょうか。どちらも違います。
いいペダリングに近づくために一番大切なこととは、「いい音楽をたくさん聴くこと」です。何だそんなことか、ときれいごとのように思われるかもしれません。そんなことより具体的な「やり方」を教えてくれ、と。
しかし考えてみてください。まずは簡単な曲で「ここで踏むと効果的ですよ」という何ヵ所かの単純なペダリングを知って楽譜に書き込んだとする。それがどんどん複雑になっていったとして、ショパンやリスト、ラフマニノフなどを弾くようになったらどれだけのペダルを書き込むことになるでしょう。またそれはどうやって知るのでしょうか?
演奏家はどこでペダルを踏むか、などという細かいことを決めたりはしません。作りたい響きがあってそれを追いかけているうちに自然と足が動くのです。そして次に演奏するときには少しずつ変わっています。タッチも変化しますが、それよりもさらに大きく変化をするでしょう。それだけペダリングは曖昧なものだし、また自由自在でないといけません。
では、何を基準にその時その時ペダリングをしているのかというと、それは「響きのイメージ」なんです。こんな音を出したい、こんな響きにしたいという想いはいつでも強く強く持っています。頭の中で鳴っている響きはピアノ自体のこともあるし、オーケストラのこともしばしばあります。もしくは他の楽器のソロ、大合唱、最高のソプラノ歌手によるアリアなどのこともあります。そして、頭の中にいい響きが出来上がり、それを追いかけているうちに、自然と足も動いているのです(もちろん限りない試行錯誤があった上での話ですが)。逆にいうと、いい響きをイメージできなければどれだけ学んでもいいペダリングというものにはたどり着けないでしょう。
いい音楽を聴くということ
ここで、本題から外れますが大事なことなので少しだけ。ピアノが上達するためにはとにかくたくさん練習してたくさんレッスンを受ければいい、という日本人独特の「努力至上論」を持っている人がいます。こういう考えは日本人の精神に深く根づいているので、無意識でも子どもも感じていたりします。しかし、良いものに触れることなくただ練習だけを積み重ねたところで、豊かな音楽になるはずはありません。数々の文豪の小説も読んだことのない人がいくら文章教室に通ったところで、素晴らしい小説は書けません。美味しいレストランのパスタを食べたことのない人がいくらお料理教室に通ったところで一流のシェフになることはできません。同じように、心を打つ素晴らしい演奏をたくさん聴いていない人がどれだけたくさん練習をしてレッスンを受けても、演奏家になることはできません。なぜならその人の中には“素晴らしい音楽”のイメージがないからです。
さて、「いい音楽を聴く」には生演奏を聴くのが一番いいのですが、家で聴くとしたらみなさんはまず何を取り出しますか? ここでおもむろにYouTube を開く人は要注意です。YouTube は誰でもアップできるので玉石混淆です。それを聴き分けることのできる耳と知識があればとても豊かなツールになりますが、そうでなければ結局いいものに巡り合えずに終わってしまいます。そういう方はやはりCD を買うなり、信頼の置けるストリーミングサイトで聴くなりしたほうがいいでしょう。タダで済まそうと思うと逆に時間の無駄になったり、それどころか毒になったりします。それから、コンクールの動画ばかりを見ている人も要注意です。子どもの演奏の中には僕ら演奏家でも惚れ惚れするような素晴らしい演奏もありますが、それでもやはり彼らは演奏家ではありません。参考にしたり、レベルを知ったりするのには役立ちますが、まずは評価の定まっている演奏家の演奏を聴かないと始まりません。
これはとても大事なことなので、どんな講座のときにも必ず話しています。せっかく日本人が、「ノーミスだけど退屈」という演奏から脱却してきたのに、このままではまた戻ってしまいます。それも情報化社会の利点を生かして、「限りなくそれっぽいけど、薄っぺらくて心を打たない」という演奏が多くなりつつあります。今のうちになんとかしないといけない、という危機感を強く感じているところです。
バロックのペダリング
さて、ようやく本題に入れます。
まずはバロック。「バッハのペダルはどうすればいいですか?」という質問をよくいただきます。僕はその質問に「迷うくらいなら踏まないほうがいいです」と答えています。“使うかどうか”を迷っているということはその時点でペダルを使ったバッハの演奏のイメージが頭の中に描けていない、ということだからです。
バロックに初歩的なペダリングというのもあまりないと思います。そもそもこの時代はペダルがなかったので、使うとすれば、当たり前のようにペダルがある時代に作られた音楽とは別の目的で使うわけです。僕は主に教会の響きを再現するためと、音をつなげるために使います。音をつなげるのは、指が届かない音のところだけ濁らないように踏めばいいので話は単純ですが、教会の響きを再現するためには、今ピアノで弾いている曲をそのままパイプオルガンや合唱、合奏で演奏したらどんな響きになるかをイメージできないといけません。これを詳細に説明することは難しいですし、実際にはかなり繊細なペダリングをしています。もしやるとしたら、隣り合う音などがぐちゃぐちゃにならないように、しかしパサパサにもならないように、薄くペダルをかけてみるところから始めるといいでしょう。ペダルがかかっていても濁らない美しい音が出せる打鍵を探すのも、ある意味ペダルテクニックの一つかもしれません。
古典派のペダリング


